以前の記事で「心待ちにしてます」アピールをしていた、
「cut」2016年3月号で予告していた、「渋谷社長(ロッキングオンの社長)によるBUMP OF CHICKEN 20周年記念インタビュー」なのかこれは?
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「cut」の今月号巻末の次号予告が別のバンドの表紙巻頭でしょんぼりしていたのでこの知らせはとても嬉しい。
年末から年度末にかけて自律神経のバランスが非常に心配だけど、頑張って生きようと思った。
以前の記事で「心待ちにしてます」アピールをしていた、
「cut」2016年3月号で予告していた、「渋谷社長(ロッキングオンの社長)によるBUMP OF CHICKEN 20周年記念インタビュー」なのかこれは?
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「cut」の今月号巻末の次号予告が別のバンドの表紙巻頭でしょんぼりしていたのでこの知らせはとても嬉しい。
年末から年度末にかけて自律神経のバランスが非常に心配だけど、頑張って生きようと思った。
アニメ「3月のライオン」が期待以上に良かった。
OP曲「アンサー」をラジオで初めて聴いたとき、アニメ偏差値の低い私の頭には、「いかにもアニメのオープニングっぽい映像」が浮かんだ。“キラキラ光る水面に被せてタイトルが出て、主人公が橋を渡って3姉妹が手を振ってる”…みたいな、週末の夕方にやってそうな“いかにも”な絵面。
そんなチープな想像が100%覆されて、第1回放送のOPでほぼずっと主人公が川に沈んでいるのにガツンとやられた。そしてOP明けの強い風。それからはずっと「これは凄いぞ!」の連続だった。物語の本質を、アニメという方法の持つ要素すべてを使って表現してきている重量感。
勢い余ってもう何年も読んでいなかった「ダ・ヴィンチ」(3月のライオン特集号)を買ってきてしまった。ついでに将棋の教本も。
「この人には作品と何の関りが?」と思う著名人のインタビューや寄稿もありつつ、3月公開の実写映画が楽しみになる内容だった。
アニメ1話~2話を観て、そういえば桐山君ははじめはこんなに周囲の人に壁を作っていた人なんだったな~、ということを思い出した。川本家に行くことを遠慮しているし、今や「2KD」とメモるレベルで気安い親友の二階堂君に「さん」付けで敬語だし。
OP・EDで世界観が繋がっているのにも感動した。両方BUMPの楽曲であることが活きている感じがする。
「ファイター」のオーロラの下で虫と目が合うところの歌詞が好きなので、そこが飛ばされているのにはちょっと不満だけれど、まさか2番のイイ所を抜き出してEDに使うとは思っていなかったので、最後まで「そう来たか!」とニヤニヤできた。
ちなみに将棋の教則本は、お布団の中で読むと凄く安眠できる。
直井「20周年記念インタビュー、いつか渋谷さんにやってもらったほうがいいよ」
渋谷「それ近々やろうと思ってるんで。」
藤原「ありがとうございます!」
…という会話で締めくくったインタビュー(「4人で語る初ライブ」)が掲載されたのが「cut」2016年3月号。アルバム「Butterfly」発売当時のこと。
あれからスタジアムツアーも終わり、新曲も2曲発表されたわけだけれど、「近々」って一体いつなのさ。
ずっと期待しながらまっているんだけど、もしかしてとっくに終わってたりして?
NHK「SONGS」のインタビューのことだったとか。それとも同時掲載の「藤原基央ロングインタビュー」がそれだった!とか。うーん、前後関係が分からない。
もしかして去年みたいに、ハロウィンの仮装写真と共にまた「cut」掲載の告知が来てくれるんじゃないかとかの期待もちょっとあるんだけどどうだろうか。
スコーン好きの自分が毎年楽しみにしている、阪急百貨店 梅田本店の「英国フェア」。
物価が高いので、イートインのクリームティーセット(スコーンと紅茶のセット)と紅茶葉っぱ1箱くらいしか買わないことにしている。毎回着席するまで1時間以上並ぶので体力的にもキツイし。
それでも年に1回、外国でしか食べられないお店のスコーンに出会えるこの機会は貴重で嬉しいもの。
今年はロンドンから車で90分の田舎(?)にある喫茶店「Thomas Oken Tea Room」のカントリー風スコーン。
スコーン1個とミルクティーで1,600円!高い!
でもスコーンは握りこぶしよりも大きなサイズなので、普通のスコーン2個分のボリュームは確実にある。
去年の手帳を確認したところ、去年の英国フェアに登場した「ザ・ブリッジ・ティールーム」のクリームティーセットはスコーン1個で1,400円、スコーン2個で1,700円だったので、サイズが大きくなってることを加味すると特に値上がりしたわけではなさそう…かな。
もともとこのフェアの物価が高いのだ。というより百貨店文化の相場が高いのか?まあ輸送費とか人件費とかあるから仕方ない。
こっちは配布されたチラシの写真。
1枚目の写真(実物)と比較すると、ジャムの種類が明らかに違う(実際はイチゴジャムだった)のと、クリームこんなに盛ってない。両隣のお客さんはクリームをお代わりしていて、店員さんは快く応えていたのでいいんだけど…端に「写真はイメージです」と書いてあるしな…。
味はすごく美味しかった。大きいから中がしっとり。ジャムなしで一口食べてみたらベースは甘すぎない味で、ちょくちょく食べに行きたい感じのおいしさ。叶わないけど。
店内に現地の店員さんの集合写真が飾ってあって、ジャージのズボン(白いライン入り)を着ている人もいた。きっと気取らずに通える感じの気楽なお店なんだろう。そして1,600円よりは確実に安いポンドなんだろう。
数年前にはじめて英国フェアのスコーンに並んだとき、周囲の英国好き人たちの会話がスノッブ臭プンプンで “低所得者の単なるスコーン好き” である自分はとても閉口したので、2年目からはイヤホンで音楽を聴きながら並ぶことにしている。
そのせいで「こんな風に百貨店で頑張って食すもんじゃないんだろうなあ本来は…」という思いが(僻みも含んでいるので)人一倍強い私だけど、朝晩冷え込む昨今のせいで正統派トレンチコートをしっかり着こんで行列に並んでいる様は傍からみれば立派なイギリスかぶれだった。
しかもお昼には結構暑くなってきて、まるで「英国フェアだからって暑いのに無理してトレンチを着こんできたちょっと痛いイギリスかぶれ」みたいになってしまった。
「違うんだ!ほかにこの時期に羽織れる薄手の上着を持っていないだけなんだ!」なんて心の中で叫んでいる自分が、その行列の中で一番自意識が高い人物だったかもしれない。
でも、ライブにバンドTシャツを着ていくのと同じ感覚で、英国フェアに英国の伝統的な服(トレンチコート)を着ていくことは何ら恥ずかしい行為ではないと言えなくもないか……いや、やっぱり恥ずかしいわ。
毎月節約しているつもりなのに、なぜ給料日前にはお金が足りなくなっているのか?
給料から先取り積み立てしている定期を、毎月なぜ解約するハメになっているのか?
不思議で仕方がないので、家計簿をつけることにした。
←書店で買った高橋手帳の「プチ家計簿」(A6サイズ)に、隣の雑貨屋さんで売ってた手帳用インデックスを貼り付けた。
不退転の決意を表すために、とっておきのステッカーを表紙に貼る! …つもりだったけど、やっぱり日和って透明カバーに挟んだだけ。
ここで重大な問題発生。
2017年1月までの3か月間はどこに記録すればいいのか?
3か月も放置したら、間違いなくやる気なくしてるよなー(-"-)。
そこでamazonで2016年仕様の同じものを検索してみたところ
というわけで、本物を見ながらせっせとエクセルで3か月分のリフィルを手作りした。
「個人で使用するんだからギリギリセーフだよね」と自分に言い訳をしながら。
右がエクセル自作バージョン。
余白や設定をどんだけいじっても、プリンターが勝手に綴じ代を作ってくれるせいで、真ん中が微妙にズレたりしてあまり綺麗じゃないけど、まあ個人使用なのでこんなもんでしょう。長く使うには工業的にプロが生産したものに限る。
ただ、A4用紙に両面印刷して半分に切断したコレを製本する術がない。
なまじ完コピを目指したせいで真ん中に余白がほとんど無く、普通に真ん中でホチキス留めすることができないのだ。
考えあぐねた挙句、常日頃から「欲しいけど使う機会がないから買わないでおこう」と強く自分に言い聞かせていた『ホッチくる』を遂にポチってしまったのだった。
マックス ホッチキス タテヨコ ホッチくる 15枚とじ ダークグレー HD-10V/P
閉じる部分が90°回転して、小冊子の真ん中を雑誌みたいに綴じることのできるスグレモノ。
節約したいがために、私はいったいどれだけの出費を重ねるのか…。
お金が貯まらない理由がなんとなく分かってきたような気がする。
とあるニュースで「キャノン砲」が話題になっている。
「銀テープ」、「カラーテープ」もしくは「銀テ」と呼んだほうが馴染みのあるアレだ。
あの銀テープについて、懺悔したいことがある。
メルカリで転売屋から銀テープを買ってしまったことだ。
BUMP OF CHICKEN “BFLYツアー @京セラドーム”に、4月9日~10日の2日間、参加した。
1日目はスタンド席。ステージほぼ正面・1階席のほぼ最後列。(ステージめちゃくちゃ遠い)
2日目はアリーナ席。メインステージにもサブステージにも近くない、端でもないけど真ん中でもない席。(肉眼で存在が確認できて嬉しかったレベル)
テープが発射されるタイプのBUMPライブに行くのは初めてだった。
ちょっとは期待してたけど、銀テープは取れなかった。かすりもしなかった。(紙吹雪も同様)
アリーナでライブを観てるとき、隣の人(他人)は、テープが舞い上がった瞬間からそっちに目が釘付けで、通路に落ちたテープ1本をスタッフさんに拾ってもらうのに夢中で、演奏なんか耳に入ってない風だった。
そんな状態になっちゃうのもヤだなーとか思いつつライブは終了。
そして、アリーナ席で規制退場の順番を待っているときの、前方ブロックから出口に向かっている客に見せつけられる格差よ。
( ゚Д゚) あのひと両手にテープのカタマリを抱えてる!
( ;∀;) あの青年、首に大量のテープをワッサワッサぶら下げてる!
テープには拘らないよう努めてたのに、イザそんな格差を眺めさせられると、思いのほか苦痛だった。なまじ同じアリーナ空間にいたからこそ、倍悔しかった。
そして、twitterには「銀テ取れたしメンバー近かったし最高(^^)」とか、「会場でお会いしたフォロワーさんに銀テ分けていただきました~!〇〇さん、ありがとう!」とか、負け犬にとってマウンティング極まりないツイートがハッシュタグ付きでどんどん出てくるじゃないか。
( ;∀;) どうせ私にはフォロワーさんなんていないよ!
( ;Д ;) ネットでさえコミュ障だからtwitterはROM専用アカウントだよ!
( `Д´)ノ ええいもう金にモノ言わせたる!!
…と、怒涛の嫉妬で訳が分からなくなり
メルカリに出品されていた、送料込・1本500円ほどの銀テープを購入してしまったのだ。
しかも4月9日と4月10日の2本。あー恥。
届いたとき、なんの感動もなかった。虚しいだけだった。
ニコルも心なしか悲しそうだね、ごめんなさい。
この「自分のために生まれてきた物ではない物を手にした」感よ。
銀テープは自分で取ってこそ価値のあるものなのだと実感。取れた瞬間の「ラッキー!」という喜びも込みで所有すべきものなんだなきっと。
(取ったことないけど…。)
ライブBlu-rayの初回盤にオマケで付いてきた特別仕様のやつのほうが100倍嬉しい。
(ニコルも嬉しそう)
アリーナ席から退場する道すがら、かろうじて見つけて拾った「99%ゴミ」なテープのカスのほうが120倍嬉しい。
(宝物)
だから誓った。
もう2度と転売屋から銀テープなんて買わない。
つーか、転売屋からはもう何も買わない。落とせる金は公式ルートに落とさないとね。
ファン向けグッズは、手に入れた瞬間の思いも含めて「グッズ」なのだ。
ビートルズのCDは持ってない。
父がカーステレオで掛けていたイエローサブマリンが入ってるアルバムを借りパクしたことは有る。
そんな私が、誰に誘われたわけでもないのに、前売り券を購入してまで、公開日初日の初回にビートルズの映画を観た。
1人で。
前売り券を買ったのは、私が「ムビチケを買ってない映画はよっぽどのことがない限り観ない」というよくわからない主義に固執しているからで、
初日の初回だったのは、たまたま予定が開いたのが今日(9月22日)で、近所のTOHOシネマズでこの日は2回しか上映していなかったからだ。
公開初日なのに早朝とレイトショーのみって何なんだ。
隣の席は、ワイシャツ+ネクタイの上に作業着という工務店スタイルのおじさんだった。そのまた隣の人(おじさんの同行者)に「会社を抜けてきた」と言っていた。
感想。
比喩ではなく頭が痛くなった。
ビートルズをリアルタイムで体感していなかった自分は、これほど酷いとは知らなかった。
映画の中の、ファンの黄色い声が (-"-)
そういえばこの映画を観ようと思った遠いきっかけは、数か月前にTVでやってたビートルズ特番かもしれない。
SMAP草なぎさん司会で、ビートルズの色んな映像のほかに[Alexandros]や Bawdies がビートルズの唄をカバーしてた(ような気がする)。
その番組で流れた武道館ライブの様子が、自分にとって全く異様だった。
現代に生きる自分にとって、ライブとは「演奏を聴きに行く」ものだ。曲と曲の間はともかく、演奏中は煽られたときなどを除いて、基本的に音は出さないようにリアクションをする。
アーティストによって違うだろうけど、客としての私は、曲中の手拍子はしたくないしして欲しくない派だ。促されたときや曲のアレンジが手拍子込みの時なんかは別だけど。
小学校の音楽鑑賞会(クラシックとか童謡)の時からの筋金入りだ。
それがTVで観たビートルズ@武道館の観客は、あんなに熱狂して迎えた彼らの演奏をちっとも聴かずに、自分の「キャー!」という金切り声でそれをかき消す作業に没頭していたのだ。
きっとチケットを入手するのだってめちゃくちゃ困難だっただろうに、この女性たちは何をしに武道館までやってきたんだ?バカなのか?それともライブリテラシーがまだ発達していなかったのか…? (-"-)
ライブ中ずっと後ろで歌ってる奴がいるだけでブチ切れそうになる(けど注意できないチキンな)私には、大変なカルチャーショックだった。
その光景が目に焼き付いているから、「THE TOURING YEARS」と副々題が付いているこの映画に、怖いもの見たさで興味が湧いたのかもしれない。
単に暇だったからかもしれない。普通にビートルズは嫌いじゃないし。
既に懐メロと化した時代に育った私は、ビートルズファンのバカ熱狂ぶりを甘く見ていた。
映画の初めから終わりまで、さらにボーナストラック的なアメリカ初のスタジアムライブ映像でも、彼女たちの金切り声は凄まじかった。しかも映画館の大音響で繰り広げられるものだから、序盤からかなり頭痛がした。
日本なんてまだ着席してる分かなり大人しいほうだった。
恐らくだけど、当時の日本の女性ファンたちは、アメリカとかイギリスのファンの挙動について何かしらで情報を得て、「本場のビートルズファンの振舞い方がお手本」と受け止めてしまい、ヒステリックに歓迎するのがマナーだと勘違いしてしまった人も多いんじゃないのだろうか。そういう残念な集団心理っていつの時代もあるもんね…。
こんなヤバい状況の中で、演奏に手を抜かずにツアーを続けたこととか、インタビューの受け答えの聡明さ・健全さとか、当時の彼らよりおばちゃんな私は泣きそうになった。
イヤモニとか色んな音響技術の無い時代に、演奏がピッタリ合ってるなんて、凄い演奏能力&バンド力だよなあ。そんな凄い奴らの凄い演奏を前にして、自分達の熱狂だけを彼らに押しつけただけのファンって一体何なのよ…。もったいない。
こういうのもジェネレーションギャップと言うのだろうか。
アメリカやイギリスのライブ映像で、“キャーキャー喚いた挙句に失神とかしてるスクールカースト上位系女子”の合間に、“着席して静かにノリノリのモテない系女子”の姿が映っていた。
きっと彼女たちは「馬鹿みたいにアンタ達が叫んでるせいでジョージのギターソロが聴こえないじゃない!本当のファンなら静かに手を叩きながら音楽を聴くべき!!」とか高い意識をこじらせてたんだろうな。
この時代に私が生きてたらそんな感じのファンだったと思う。もしくはメッチャ気になりつつも「マジョリティには流されない」とばかりに批判ばっかりしてたかも。
公開初日だっていうのに、もう“初回限定デザインパンフレット”が売り切れ間近で、上映回数とは裏腹に根強い人気を感じた。(買ってない)
映画が終わったらソッコーで家に帰って仮眠した。