よくBUMP OF CHICKEN の楽曲に対して「これまでの自分を肯定してくれたようで嬉しかった」という感想が紹介されるけれど
それって前提として、その感想を言ってる人の自己肯定感が低くて、ずっと自分のことを否定しつづけてきたんだんだろうなあという悲しさがあるよね。
そんなわけで、3月15日にデジタルリリースされたBUMP の新曲『Aurora』を聴いて、私は自分を肯定してくれた気がしてとても嬉しかった。
うん。
ここ数年の、大きくはないけどジワジワと心を侵される辛抱と苦悩と失望の積み重ねや、何度も泣いたり歯を食いしばったり、何度か本当に頭がおかしくなりかけてるんじゃないかと絶望したり、どうにかそれを抜け出そうとしてもがいたこと、何とか決意を見つけ出したけどめちゃくちゃ不安なこと、『Aurora』はそんな色々をくまなくニュアンスまできちんと掬い上げてくれたかのような曲だった。
最後のサビの部分、
ああ、なぜ、どうして、と繰り返して それでも続けてきただろう
心の一番奥の方 涙は炎 向き合う時が来た
地を這うようなところから歌い出す声の表現力がたまらん…という声フェチ的感想は置いといて。
堪えてきた想い(=主に人間関係のストレス)がたまに爆発して泣きながら、「これからどう生きるか、どう生きたいか、どう生きれるのか」って擦り切れるくらい考えたことが走馬灯のように頭を巡る。
2番の歌詞
考え過ぎじゃないよ そういう闇の中にいて
勇気の眼差しで 次の足場を探しているだけ
で、いつも「細かすぎ」「心配しすぎ」「神経質」と他人から指摘されるし(“自称:気さくな占い師”のカフェ店長に初対面で「アナタ神経質でしょ」などと言い放たれるし)、自覚もあって、果ては“自分が神経質であることを気にし過ぎる”という自家中毒状態で息切れしている私のことですかーーー!?ってなり、
それに続くサビ
解き放て あなたの声で 光る羽与えた思いを
その足が向かうべき先へ そうしなきゃ見えなかった未来へ
諦めなかった事を 誰よりも知っているのは
羽ばたいた言葉のひとつひとつ
でもう肯定された感が溢れてきて、聴くたびに何故か両手を広げてガッツポーズをしたくなる。しないけど。
書店で立ち読みした『自己肯定感を上げる方法』的な本(いろんな出版社から何冊も出てる。内容は「それが出来たら苦労しとらんわ!」ってことがたくさん書いてある。)の何倍も自分を肯定する力になった。
なんてね。
「他人の言葉に頼っている時点でオメーはクソだ」って否定する人もいるかもしらんな。
大丈夫。クソだって自覚はクソほどあります。
でも「歌モノ」のたぐいの醍醐味って、言葉や文字だけでは私たちクソに伝わりづらい“伝えたいこと”をミュージシャンが工夫して曲に乗せてくれることで、リスナーの頭に何故かスッと入ってきて、わたしたちが「なんでか知らんけど『わかった』」って思えることなんだと思うんですよね。
本や文章で明文化するのも非常に大事なことだけども。
Mステに『話がしたいよ』でBUMPが出演したとき、高橋一生さんが「その時の自分にいちばん寄り添ってくれる曲を出してくれる、と勝手に思っている」というようなことを言っていたけど、私も間違いなく同じ症候群に罹患している。
(そのうち私の頭がどうにかなってしまったら、twitter で芸能人に「新曲で私に合図してくれたの、ちゃんと気付いたよ(//∇//)」とかの妄想を毎日何回も送り続ける恐怖のアカウントみたいになっちゃうのかもしれないと時々不安になる。)
スタッフさんの計らいなのか、単なる必然なのかは分からないけれど
新たなスタートを踏み出す人が多いであろうこの時期に『Aurora』がリリースされたことで、沢山の臆病者の新生活をお助けする役目も担っているんじゃないかと思った。
あ、タイアップ先のドラマ『グッドワイフ』は観てないので、本当に自己完結型の勝手な解釈です悪しからず。